生産者紹介:『後藤緋扇貝』/後藤猛さん

後藤 猛(ごとう・たけし)

 1981年に大分県佐伯市蒲江町の蒲江港から2km南の湾口に位置する島、「屋形島(やかたじま)」に生まれる。22歳でタイ、インド、ネパールを4カ月旅し、23歳の頃に屋形島に帰る。その後、26歳の時に愛知にて働いた後のち、沖縄に2か月、インドに4か月滞在、27歳の時に再び屋形島に戻り緋扇貝の養殖に従事する。

緋扇貝の可能性をさらに

 恥ずかしながら筆者の私は、後藤さんに「屋形島という島で緋扇貝を養殖しています!」とメッセージが送られてき際にどんな貝なのかを想像するどころか、漢字の読み方すら分からなかった。世の中にあまり流通しているものではないがあの色とりどりの綺麗な殻は、誰しもテレビやネットなどで一度は見たことあるのではないだろうか。しかし、緋扇貝の殻がなぜあのような鮮やかな色になるのかは現在でも詳しくは分かっていない。そんな緋扇貝の「可能性を広げていきたい」というのが後藤さんの一番の思いである。

「プロの料理人に料理をしてもらったり、消費者の色々な声を聞いて、それを生産に繋げていきたいですね」

自身の生産の枠に留まらず、食、または鮮やかな殻を利用したアートやデザインなど、どんな形であれ緋扇貝に関わる全ての人の声に耳を傾け、緋扇貝のさらなる可能性を開拓していくことが後藤さんの目的である。

「消費ってなんかそこで終わっちゃう感じするじゃないですか。そうじゃない。もっともっと次に繋げていきたいですね」

そう語る後藤さんの目は、子供のように生き生きとまっすぐでありながらも、単純ではなく様々な経験から滲み出る深みを感じるものであった。

人生を変えるゲストハウス

 プロフィールを見てもらえば分かる通り、後藤さんは若い頃から海外各地へ旅に出ている。しかし、23歳の頃に屋形島へ帰省し、緋扇貝の養殖を手伝っている当時、島に腰を据えて変化の無い人間関係の中でずっと生きていくことに少し違和感を覚えた。そこで一度養殖を辞めて県外に出て働いたのち、沖縄とインドに旅に出た。

 後藤さんによると沖縄のゲストハウスは個性や自由を尊重するものであり、様々な人が集まり、人の出入りも激しく、自由な旅人が多い場所だという。それに対し、インドは一度も地元から離れたことがない人が多く、どこか屋形島に似ているように感じた。しかし、人間関係も景色もずっと変わらない生活だからといってインドの人々が幸せではないかといえば全くそのようなことは感じなかった。その両面を知り、屋形島に戻ってきて、「では自分はどうしようか?」と考えた時、屋形島で養殖業に従事して旅にでる時間がないのであれば、「人を迎える場所を作ればいい」というのが後藤さんの答えだった。

 「ホテルや民宿のような『サービス』対『客』のような関係ではなく、フラットな関係で屋形島に来てくれた人と関わりたい」

そのような思いからゲストハウスという形式を選んだ。
後藤さん自身が旅の中で経験した「人生を変える出会い」を今度は屋形島で。

屋形島は全人口14人と小さな島である。しかし、そこには緋扇貝の大きな可能性、そして人間としての大きな可能性が詰まっている場所であった。

インタビュー動画

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OSP キャップ ver.1 (ブラック)

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ABOUTこの記事をかいた人

OSPの生産者PR動画制作を担当。動画編集スキル向上のため現在、切磋琢磨中。酒が好きで最近はウイスキーにハマっている。食を繋ぎ、笑顔を増やしたい。